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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)9911号 判決

原告 藤澤明哲

右訴訟代理人弁護士 山中洋典

被告 松尾政則

被告 田中紀子

主文

一、被告らは、原告に対し、各自金一〇万円及びこれに対する昭和六三年二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四、この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 被告らは、原告に対し、各自金三〇〇万円及びこれに対する昭和六三年二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告らの負担とする。

3. 仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する被告松尾政則(以下「被告松尾」という。)の答弁

(本案前の答弁)

1. 本件訴を却下する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案の答弁)

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告は、昭和五二年一月一九日、被告らを福岡県警察本部に詐欺罪で告発したところ、被告らは、原告のなした右告発が誣告であり、かつこれにより警察官及び検察官の取調べを受けたことが被告らの友人、知人の知るところとなって著しく名誉を毀損されたとして、福岡地方裁判所に、原告他一名を被告とし、損害賠償請求の訴えを提起した(同裁判所昭和五三年(ワ)第一八二号事件、以下「原事件」という。)。

2. 被告らは、原事件の口頭弁論期日において、以下のとおり、原告を誹謗中傷し、名誉を毀損する文言の記載された準備書面を提出し、陳述した。

(一)  昭和五三年五月二五日付準備書面(一)には「しかも敗訴は予測されているのに敢えて提訴したことは被告藤沢が援助したからである。このように守銭奴としてケチで有名な被告藤沢が〈省略〉」旨(第二項(三))の記録。

(二)  同年八月三一日付準備書面(二)には「以上により被告藤沢が訴訟狂であり、他人を悩ますことにより自己の快感を満足するといった特異性格の人物であることが容易に判断されるのである。」旨(第一項)及び「その後、藤沢は小川薫氏から告訴されたので小川薫氏の事務所を訪れ、誠に申し訳ない、と土下座して謝罪したと伝えられている。」旨(第三項)並びに「しかし、被告藤沢はその職業も不明、それに右裁判官からの訴訟書類が送達不能となる程の居所も不明確であるからその名誉を毀損されるような社会的地位にもない」旨(第六項)の各記録。

(三)  昭和五五年一一月六日付準備書面には「〈省略〉被告藤沢を言葉巧みに教唆したから被告藤沢は軽率且つ濫訴狂の性格を発揮し原告両名に嫌がらせのために行なったものである。」旨(第三項)の記載。

(四)  昭和五八年八月三日付準備書面には「被告藤沢の非難攻撃は、山窩出身で人を疑うことを日常生活の信条として養育され成長してきただけにその猜疑心に基づく発想である〈省略〉」旨(第七項)及び「被告藤沢が安楽を愛人とする積りで口説いたところ、悪僧のような顔をした人相の悪い被告藤沢を嫌って〈省略〉」旨(第八項)の各記載。

(五)  同年同月二二日付準備書面には「藤沢明哲と言えばあのマンションゴロですかと大阪地方裁判所民事部の書記官全員が口を揃えて発言する位有名で大阪市内のマンション業者を相手に次々に嫌がらせの訴訟を提起しては敗訴するのでマンションゴロとしての悪名は大阪一帯に知れ渡っている。猜疑心、ひねくれ根性、いやがらせ屋、非強調性の性格と思考力、単純で軽率、それに感情の起伏が激しくその感情を害したものには理非を問わず徹底的に非難攻撃する直情径行型の人物である〈省略〉」旨(第四項)、また、「全く根拠がないのに原告を山窩の出身であると断定したうえ昔からこの山窩は人里はなれた深山の中を転々として流浪し、狩猟や竹細工を家業として生活していた。西欧のジプシーと同様で一定の土地に定着せず流浪のため収入不安定と貧困の末、山麓の村落の田畑を荒したり、家畜を盗んだりする外、追いはぎや押込強盗をする者が多く、粗暴性を発揮するので村人達から山賊同様にみられていた。」旨、「〈省略〉彼等仲間の山窩以外の者とは交際せず、秘密厳守で口が固くなり、そして必ず人を疑うことが日常生活の信条となり、かつ、猜疑心が強くなりそれが習性化されるに至った。一般社会との融和性、強調性を欠くのは当然のことで、とくにひがみ根性、嘘をつくことは、その猜疑心と共に山窩特有の性格が形成されるに至った。」旨、「面一族は村人達との折合が悪く他処から流れ者として相手にする者がないので孤独な生活をつづけていたが祖父要藏が死亡し、父益太郎が当主となるや融和性、強調性がなく、ひがみ根性が強い性格から同部落で仕事がなくなり、北九州やその他の各地に出稼ぎに行き、年数回妻子の許に帰る程度であった。」旨及び「被告は同地で成長したが、山窩特有の猜疑心、ひがみ根性、非協調性、反権力的思想はその家庭生活の中で培われたものである。」旨(以上は第五項。なお「面」は原告の旧姓。)の各記載。

3. 民事訴訟においては、当事者主義をとり、当事者に自由なる攻撃防禦を尽くさせることが原則となっているが、それはあくまで自己の権利主張に必要な範囲内において許されるものであり、訴訟遂行に藉口して相手方を中傷非難しもしくは相手方の名誉を著しく貶めるが如き行為は、不法行為として損害賠償請求の対象となり得ることは言うをまたない。

しかるところ、原事件においては、原告のなした告発が誣告であったか否かが争点であり、かつそれのみが問題とされていたのであり、このことと被告らのなした前記主張とは何ら関係がなく、公開の法廷で右の如き主張をするということは、被告らが訴訟の遂行に藉口して原告を誹謗中傷し、原告の名誉を毀損することを目的としていたことが明らかであって、不法行為を構成するものである。

4. 原告は、被告らの理由のない誹謗中傷により名誉を著しく傷つけられたばかりでなく、原告の社会的信用を失墜する結果となり、精神的にもまた経済的にも多大の損害を被ったが、その損害は三〇〇万円を下らない。

5. よって、原告は、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として、金三〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和六三年二月九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、被告松尾の本案前の主張

1. 原告は、本件訴え提起に必要な額の手数料を納付していない。

2. 本件訴えは、東京地方裁判所に管轄がない。

3. 本件訴えは、被告松尾の欠席をねらい、ことさらに同被告の居住する福岡市から遠く離れかつ原事件と無関係な東京地方裁判所に提起されたもので、公序良俗に反するものである。

4. 本件訴えは、原事件の証拠書類の再審に該当するので、一事不再理の原則により東京地方裁判所に裁判権がない。よって、本件訴えは、不適法であり、その却下を求める。

三、被告松尾の本案前の主張に対する原告の答弁

いずれも否認し争う。

四、請求原因に対する被告松尾の認否

1. 請求原因1は認める。

2. 同2のうち、被告らの提出、陳述した準備書面に原告主張の記載があることは認め、その余は否認する。

3. 同3及び4は否認し争う。

第三、被告田中紀子

被告田中紀子は、公示送達による適式の呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しない。

第四、証拠〈省略〉

理由

第一、被告松尾の本案前の主張について

被告松尾の本案前の主張1の点は、本件記録に照らし理由がなく、同2の点は、既に本件の移送申立却下決定(当裁判所昭和六一年(モ)第六六九号)、同決定に対する即時抗告棄却決定(東京高等裁判所同年(ラ)第七〇七号)、同決定に対する特別抗告却下決定(最高裁判所昭和六二年(ク)第一二三号)により判断のなされているところであって理由がなく、同3及び同4の点については、本件全記録によるも、本件提訴が公序良俗に反しあるいは一事不再理に反することを是認することができない。

よって、被告松尾の本案前の主張はいずれも失当である。

第二、本案の判断

一、請求原因1の事実及び同2の事実のうち原事件の口頭弁論期日において被告らが原告主張のとおりの記載がなされた準備書面を提出し、陳述したことは、原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨により成立が認められる甲第二ないし第六号証、同じく原本の存在及び成立が認められる甲第一号証、第七号証の一ないし四によってこれを認めることができる(右事実は被告松尾との間では争いがない。)。

二、そこで、原事件における被告らの右行為が不法行為を構成するか否かの点について判断する。

1. 当事者主義・弁論主義をとる我が国の民事訴訟の下においては、当事者をして互いに自由に忌憚のない主張(攻撃防禦方法)を尽くさせることが重要であるから、その弁論活動は一般の言論活動以上に強く保護されなければならないものであり、しかも、民事訴訟が利害の相対立する私人間の紛争解決の場であることから、ときに当事者の発言や主張に相手方の名誉感情を刺激するようなものが含まれるのもある程度やむを得ない面があるのであって、これに鑑みれば、当事者の発言や主張に相手方の名誉を損なうものがあったとしても、それが訴訟における正当な弁論活動と認められる限り、その違法性は阻却されるものと解すべきであり、かつ、その正当と認められる範囲は広いものと解するのが相当である。

しかしながら、右のとおり強く保護を受ける弁論活動といえども内在的制約があることはいうまでもないところであり、当初から相手方当事者の名誉を害する意図でことさら虚偽の事実又は当該事件と何ら関連性のない事実を主張する場合や、あるいは、そのような意図がなくとも、訴訟遂行上の必要性を超えて、著しく不適切で非常識な表現内容、方法による主張をし、相手方の名誉を著しく害する場合などは、その内在的制約を超え、社会的に許容される範囲を逸脱したものとして、違法性を阻却されず、不法行為責任を免れないというべきである。

2. これを本件についてみるに、前掲甲第一ないし第六号証によれば、原事件においては原告が詐欺罪の容疑で被告らを告発した行為の違法性が争点となっていたところ、被告らは、原告のなした右告発の動機が被告らに対する嫌がらせであること、原告が他にも第三者に対して根拠のない提訴、告発等を多数なしていることを主張し、そのくだりで本件で問題となっている主張をしたことが認められるのであるが、前記告発の動機や原告の第三者に対する同種の行動の事実自体は原事件の争点との関連性を認めることができるとしても、請求原因2(一)ないし(五)の主張は、同(二)中段及び後段の部分を除けば、いずれも原告の性格ないし風貌に対する否定的かつ侮蔑的評価を述べるものであり、全体として、原告の出身、生育環境にまで言及しながら執拗に人格攻撃を繰り返すものであって、訴訟遂行上の必要性を超え、かつその表現内容、方法が著しく不適切で非常識なものといわざるをえない。そして、これにより原告の名誉は著しく害せられたというべきであるから、被告らの原事件における右主張行為は、もはや法廷における弁論活動としての内在的制約を超え社会的に評される限度を逸脱したものとして、その違法性を阻却されないものと判断せざるをえない。

三、被告らが右違法な行為をなすについて、ことさら原告の名誉を毀損する意図を有したとまでは断じがたいとしても、その表現方法、内容に鑑みれば、右行為が先に説示したとおり原告の名誉を毀損する違法な行為であることは容易に認識しえたといえるから、少なくとも、被告らは右行為について過失責任は免れない。

四、成立に争いのない乙第四号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は昭和四九年ころまでいわゆる総会屋をしていたものであるが、その後は経営コンサルタントを職業としているものであるところ、原告が被告らの前記不法行為によって著しく名誉を毀損され精神的苦痛を蒙ったことは経験則に照らしこれを推認することができる。そして、これを慰藉すべき慰藉料としては、本件に顕れた一切の事情を考慮し、金一〇万円をもって相当とする(なお原告は、被告らの右不法行為により経済的損害を被った旨主張するが、損害の具体的主張を欠き、かつこれを認むべき証拠もない。)。

第三、結論

以上によれば、原告の本訴請求は、共同不法行為に基づく損害賠償金として、被告らに対し、各自金一〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和六三年二月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三代川三千代)

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